■終戦70年の節目、過去最高の参加者が集まり、戦没者追悼祈念講演会を開催

 ~笠井 智一氏の戦争体験の講演に身が震える~

 安倍首相の終戦70年談話が近代史の中で日本の歩みを確認しつつ、戦争が何故起こったのか、そして子孫に謝罪を負わせないという決意が色濃く出ていたことに深い感慨を抱いている中、昨日8月15日(土)の終戦70年目の節目、日本会議大阪と英霊にこたえる会大阪府本府の共催の「戦没者追悼祈念講演会」が護國神社境内奥の住之江会館・ホールで開催された。
 国会議員3名(代理)、10名の地方議員をはじめ約280名が参加、会場は椅子が足りずに、椅子を舞台に近づけてスペースをつくったり、2階の部屋から継ぎ足すなどして、過去最高の人数となった。

 講演会前に正午から斎行された「英霊感謝祭」は蒸し暑い日差しが照りつけたにもかかわらず、本殿には自衛隊関係者、遺族会、戦友会、2名の国会議員(本人)、地方議員が約30の他、約250名が参列、本殿周辺には約100名が集まるとともに、参道には次々と参拝される人々が列をなし、やはり終戦70年の節目にただならぬ緊張感が漂っていることを強く実感した。若い世代も例年より多く参拝していた。

 講演会では、英霊の御霊に追悼と感謝の誠を捧げる黙祷の時間が長く感じられ、参加者一人一人が心からご冥福を祈りつつ、その遺志を受け継いでいこうとする誓いの深さを感じ取った。

 主催者を代表して、衞藤恭・日本会議運営委員長と髙野伸生・日本会議大阪地方議員懇談会会長の挨拶のあと、来賓紹介、そして「海行かば」唱和は万感胸迫るものがあり、英霊の御霊が一緒に唱和しているような地鳴りが響いているように思えた。

 続いて、零戦・紫電改の元パイロットの笠井智一氏が「後世に語り継ぐ戦争体験」ど題して講演された。笠井氏は昭和16年から甲種予科練に合格してから、零戦、紫電改に搭乗、グアム島、ペリリュー島などで数々の空中戦で出撃、そして神風特攻隊直鞍任務につき、昭和20年に大村基地で終戦を迎えられた歴戦の勇士であり、「永遠の0」の原作でもモデルの一人として登場する人物である。

 同氏は、最初に右でも左でもなく「日の丸」が掲げられる誇りこそ取り戻すことが必要であることを強調つれた。そして当時、零戦・紫電改はわが国の技術の粋を集めたもので、世界に誇る戦闘機であったこと、命令には誰一人として後ろ向きに捉えることなく、明るく飛び立っていかれたこと、自分達が戦うことが日本を守ることと深く自覚していたことなど、数々の戦争体験はその場に実際に身を置いた方として、臨場感のあるもので、参加者が真剣に聞くことができた。

 印象的だったのは、最前列の中央に小学生低学年の女の子がお母さんと一緒にまなじりを動かすことなく、聞いている姿があつたことだ。また、笠井氏は90歳になられるにもかかわらず、お腹の底かせ大きな声を出し、今は細身でスラッとしているが、かくしゃくとしていて、若い頃は精悍だったことが十分に感じられた。こういう方々が日本を守り、戦後の日本の繁栄の礎として活躍されてきたことを実感し、そのお志こそ次代につないでいくことが我々の使命であることを改めて思った次第である。

 その後、尾﨑博・英霊にこたえる会大阪府本部理事の謝辞があり、講演会は無事、終了、近くの居酒屋で笠井氏を囲んでの懇親会を開催、親しく懇談した。

 講演会では憲法改正賛同者拡大運動への協力のアピールもした。

 終戦70年の節目、かけがえのない時間を過ごすことができた。