■大震災から20年目、追悼と祈りの日に憲法改正運動を考える

 昨日1月17日は阪神淡路大震災が起きて20年目の日であった。各種報道では昨日
からかつての被災各地での追悼の祈りと復興の足跡を辿った情報が流れ、列島全体
が静かに亡くなられた人々に対する哀悼の意を表わすとともに、災害を防ぐための
教訓を忘れてはならないという雰囲気一色となった。

 20年前のこの日、小生は東京にいたが、朝、テレビを見て神戸の街が火災と瓦礫
の山となり、まるで戦場と化している様、高速道路そのものがぐにゃりとへし折っ
ている様を見た時の驚きは、これほどまでに自然の驚異は激しいものなのか、声も
出なかった。

 小生も朝、自宅の神棚で心から黙祷を捧げ、大祓詞を奏上申し上げた。

 震災後に生まれた人がもう成人式を迎えるということは、年月が経過したことを
意味している。それにしても20年たって神戸を中心とする被災地はたくましく立ち
直り、今では震災があったという事実すら知らない世代が半数になる一方で、ご遺
族の方々はより深い悲しみを持ちながら、それを乗り越えて生きる人々、復興住宅
で「孤独死」の人々がおられる事実を改めて考える。東日本大震災後、遅々と進ま
ない復興のプロセスを想起しても、災害が人々に与える影響は、人生そのものを根
底から覆してしまう程の変化を齎してしまう。

 そうやって、歴史はつくられたきたのかも知れないが、悲しみを思い出すことか
ら、減災のために何ができるのかを記憶に留め、非常事態の折の政府の具体的な対
応が憲法の中に盛り込むことが迫られていることをもっと話題にしなければならな
いだろう。換言すれば政治は悲しみの上に、前向きに人々を救済する使命があり、
国民運動は政治の方向性を指し示す世論をつくっていかねばならならい。

 さて、先日の関西テレビ「アンカー」では安倍首相が、青山繁晴氏が大阪都構想
と憲法改正問題の質問に応え、都構想の命運は大阪市、府民が選択するものとし、
維新には憲法改正について協力を求めたいとの旨、発言されていた。これを受け、
橋下市長は「憲法改正についてはできることは何でもやっていく」、松井氏に至っ
ては、「安倍政権の時しか改正はできず、自衛隊は武力であることをはっきりと認
める憲法にすること、改正へ協力は惜しまない」との発言をしたが、大阪都構想の
実現するか否かを巡っては、自民、維新に意見の違いがあっても、こと大阪にあっ
て憲法問題については手をとることを明言したことは、大きな意味があったのでは
ないかと思っている。

 橋下氏は、来たる5月17日に行われる住民投票は、来たるべき憲法改正のための
国民投票のための予行練習にもなると発言していた。
 

 今、憲法改正を実現する1000万名賛同者拡大運動は、いかに賛同者用紙に署名し
てもらうかが大きな課題となっているが、橋下氏が「何でもやっていく」という発
言をどう生かすことができるのかを真剣に捉えていくことも必要であると思っている。

 そんなことを考える追悼と祈りの日を過ごした。