■英霊と再会した文枝師匠の感動を描いた番組「ファミリーヒストリー」

 先日、ご案内した真田山陸軍墓地も紹介された番組「ファミリーヒストリー」が11月15日、NHK夜10時「桂 文枝~記憶なき父・衝撃の出会い」を見た。

 この番組は、語らざる著名人の家族の歴史を番組制作スタッフが諄々と事実を調査していくもので、今回は上方落語界の重鎮である桂文枝師匠であった。桂師匠は、生後11ヵ月で亡くなった父親のことはほとんど知らないことから話が始まった。自身11ヵ月の時、父親の葬儀の際に自分を抱いている母親の写真1枚だけで、母親は既に90歳を越えていて、記憶がまだらとなっており、元気な時にも父親の話を聞いたことはほとんどなかったという。そして番組制作スタッフが、父親の実家や親戚を訪ねて、父親、母親、親戚がどのような人生を送ってきたのかを丹念に調べていくのであった。

 父親は銀行員で、母親と結婚したが、やがて肺結核を患い病床生活を送っていたが、戦局が終盤となって厳しくなってくると、身体が病弱となった若者にも召集令状が届くようになり、真田山近くの演習場で戦地に出る前に、厳しい教練を課せられ、やがて病状が悪化して亡くなってしまう。
 その後、母親が自分を連れて父方の家を出て、女手一人で息子を育てていく。父方の家を出てからは、父方の家のことがわからず、父方の親戚との関係はない。

 昔はこのような境遇が多く、母親の苦労は並大抵でなかったことは容易に想像がついた。

 母親はいつか息子が天皇陛下とお会いさせて頂く機会を考え、しっかりとしつけをすることだけを心掛けたという。ご年配のご婦人の方々には、自らそう言い聞かせて子育てをしてきたのであろう。

 そして生活が落ち着いた時に夫の菩提寺がある岐阜県本巣町のお寺の先祖の墓地にお墓を建てたという。皆、そうやって夫を弔い、家族を弔ってきたのが日本人であったのではないかと思う。

 文枝師匠が平成17年の園遊会で両陛下に招かれたのであるが、母親はどんな嬉しかったことか、ご挨拶後、文枝師匠が「ただただ、母親に感謝したい」と感想を述べていたが、そのような経緯があったからである。

 そして番組の最後では真田山陸軍墓地の納骨堂に父親の骨坪が安置されていることがわかり、骨壺を手にした師匠は涙ながらに70年ぶりに父親と再会したのであった。骨壺を手にとって、ただただ「ご苦労様でした。」との言葉は重かった。また自分の身体の中に父親が生きていることを強く思ったとも語られた。

 いつものNHKの報道姿勢に比べると、イデオロギーを極力抑制し、真田山陸軍墓地が日清、日露、大東亜戦争で亡くなられた陸軍の兵士のお墓が建てられたところであることを紹介している構成には好感を持った。

 今もなお、亡くなられた兵士と家族の出会いのドラマ、英霊との触れ合いが続いている事実を文枝師匠を通じて、垣間見ることができたことは、やはり英霊は生きているということを強く印象づけた、好番組であったように思う。

 日本会議大阪 大阪市支部で計画している真田山陸軍墓地への墓参や研修を前にして、思いを新たにした次第である。