■嵐と雨の中、日本会議近畿ブロック大会に800名が結集![その2]

熱心に拍手する参加者

熱心に拍手する参加者

日本会議近畿ブロック・第1回近畿ブロック大会が、日本会議大阪主管の下、一昨日9月30日(日)の午後、エル大阪・エルシアターで開催された。当日は台風が本州に上陸する恐れがあり、警報も出る中、昼前から雨が降り出し、行事が終わるまで激しい雨に見舞われたが、それでも近畿一円から800名の参加者があり、会場はほぼ埋め尽くされ、悪天候の中でも未曽有の国難を乗り越えるために立ち上がろうとする人々が集まり、場内は熱気に満ち溢れるとともに、ほぼ計画通りにプログラムを進行することができた。

とにかく前日の29日には朝から大会は本当に開かれるのかと問合せが次々と入り、台風を恨めしくも思ったが、逆にそれだけ大会開催が近畿一円に浸透していることを実感した。

総勢約90名の実行委員の方々には午前9時半には集まって頂き、打ち合わせ、配布資料の組みや各係に分かれて会場下見が準備をして頂き、1時からの開場には万全の体制で参加者を受け入れることができた。

ブロック大会は近畿ブロックとしては初めてであったが、「近畿から誇りある国づくりを!」のキャッチフレーズの如く、各府県の運動の展開をさらにブロック一体となって、志を同じくする人々が集まって、対社会的もこれだけ国を憂える人々がいることをアピールすることが大きな開催目的であった。

第1部の記念式典では、開会の辞を寺井 種伯・日本会議大阪副議長、国歌斉唱に続き、日本会議綱領唱和を木村 光伸・日本会議・滋賀理事長が、続いて主管代表挨拶を千家 敬麿・日本会議大阪議長、続いて約50名の来賓・議員を紹介した。

そして来賓挨拶では、三好 達・日本会議会長より、領土領海などを巡り、我が国の国力の低下を指摘、国力をつけるためには国民が国家意識をもつことであるとされ、日本会議が憲法改正であることを明確にされた。

続いて髙野 伸生・日本会議大阪地方議員懇談会会長より、地方議会は日本会議と相提携して、国の重要問題についても取り組んでいくとの決意を述べられ、長尾 敬・衆議院議員は、「尖閣を守れ」国民署名運動が海上警備強化法が成立したことに感謝しつつ、尖閣諸島沖での洋上慰霊祭に参列したことを紹介し、尖閣諸島が放置されている実態を紹介、さらに安全保障上から防衛するために国会でも努力していくことを表明、辻 淳子・大阪市議会議長は、教育問題について歴史を学ぶ副読本などの普及をしていく決意を語られ、また竹本 聡・JC近畿地区大阪ブロック協議会会長は、これだけの人々が集まっていることに敬意を表しつつ、JCも領土領海を守る為に活動していることを紹介、さらに日本会議とも連携を組んでいきたいと語られた。

夫々の立場から、単なる挨拶ではなく、領土領海を守ること、教育を見直していくことなど、奇しくも軸を一にした言葉に決意が漲った内容で、心響く内容が多かった。

続いて祝電披露、そして活動報告と今後の方針を衞藤 恭・日本会議大阪運営委員長が発表、皇室継承制度に関する運動、とくに女性宮家問題、尖閣・竹島の領土・領海問題、沖縄を始めとする離島の防衛に関する運動について、会員拡大について具体的課題を提起し、参加者の拍手によって、この大会の決議とすることによって、参加者全員が目前にある課題を共有することができた。

そして聖寿万歳を加藤 隆久・日本会議兵庫県本部会長が先導、閉会の辞を田中 安比呂・日本会議・京都会長が行った。

以上、記念式典は、それぞれの発表が実に簡にして明快で心を打った。

そして休憩後、第2部の記念講演では「今、求められる日本人」と題して中西 輝政 京都大学名誉教授より、主に中国の脅威に対して、日本人一人一人がこの国を守っていくのだという強い国家意識を持つことが大切であることについて、熱を込めてご講演頂いた。

先生は最初に、本日、大雨の中を出かけたものの、傘が壊れて服がびしょ濡れになって、再び、家に戻って着替えている時に、ふと、こんな悪天候をついてでも尖閣諸島を守っている海保、海自の人々を思い出し、改めて気合が入ったというエピソードを紹介され、国民が激励のバックアップをしていきたいと切り出された。

次に東京都が尖閣諸島を購入することを表明した後、中国は様々なシグナルを発していたことや8月の香港抗議船の尖閣上陸については、香港だけの動きなのではなく、中国政府が容認していたことなど、時系列に尖閣に侵入する事件を取り上げ、尖閣購入募金の呼びかけによる多くの日本国民が寄附をした広がりは、絶対に領土を奪われないという国民の気持ちが目覚めたことに最大の危機感を持っていることを指摘され、今後、中国は1年から1年半のスパンで圧力をかけてくると予想された。

さらに先生は、政府が国有化を決定したことにかかわらず、既に50年前から国の戦略として押し寄せる計画を着々と推進しているとして、毛沢東以来の国家としてのアイデンティティーとして、米国と肩を並べて覇を唱えようとする姿勢は全く変わっていないと指摘された。

また中国を巡る歴史を振り返る必要があり、かつて満州事変勃発時は国際世論を味方につけることによって、我が国が国際的批判を浴びたことを例に出しながら、最近の国連での中国との領有問題についての応酬は、実質的な戦争であり、いかに国際世論を味方につけるのかの正念場であるとされた。

次に中国は正面からでなく外から、裏側からわが国に手を突っ込む戦略を持っていて、北海道の土地買収や総領事館の土地は買収の動きは、「人の住んでいる地域からせめていく」というセオリーを踏襲しているものとされた。

また米国では中国人がかつての米国の対日占領政策を学んでおり、日本人の内懐に入って、日本人の国家観、民族意識、心臓を変えてしまうことも長期的に考えていると話されたが、この点は、米国の占領政策が、国民と皇室、神道と切り離していく神道指令などを参考にしながら、日本人を日本人でないようにしようとするところまで考えていることに戦慄を覚えた。

そして、わが国が領土領海を守り切ることができるかを世界が注視しているのではなく、戦前、戦後を通じて国の連続性、一貫した日本人の軸を回復できるか否かを注目しているとの指摘は、わが国が尖閣問題から、本来の日本を取り戻すことができるかどうか、非常に重いも課題であると思った。

最後に「自分はこの国から逃げることはできず、ここで骨を鎮める」と言われ、領土領海問題から同朋意識、国家意識も国民の力を一人一人が取り戻していくことが、国を守る国民の力となると檄を飛ばされ、力の入った内容となった。記念式典での挨拶内容を詳細な歴史的背景が裏付けるものとなった。

続いて来賓・議員、各府県本部役員を対象とした約40名の人々が第3部の懇親会に参加し、本日の大会を振り返りつつ、今後の運動について大いに語り合うひとときとなった。

総じて、維新胎動をこの近畿から巻き起こしていく決意をしていく雰囲気となり、参加者一同、高揚した気持ちとなった大会であった。各府県だけではできないものをブロック総体で取り組んていく体制ができたのではないかと思う。

思えば小生もこの大会にこぎ着けるまで、父親の看護、亡くなるなどの、今までない経験をしつつ、十分な準備ができるだろうかと不安であったが、本当に多くの人々に支えられて、やってきて良かったと痛感、辛抱の連続であったが、一応、一区切りつくことができて、次の目標に邁進することができると意を強くした次第である。

なお、10月1日の産経大阪市内版で大会の様子が記されています。