■英霊感謝祭・戦没者追悼祈念講演会の報告

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八月十五日はいわゆる終戦記念日です。この日は靖國神社を始め全国の護国神社で英霊感謝祭やみたま祭りが行われています。正午からの英霊感謝祭には国会議員を始め、地方議員の方々も多数参列され、境内には多くの参列者が集い厳粛に斎行されました。

日本会議にはいくつかの活動理念がありますが、私たちがすぐにでも取り組むことが出来る活動が英霊顕彰です。私たちは一人でも多くの方々に英霊へ感謝の思いを持っていただき、靖國神社や護國神社にお参りしていただくべく活動しないといけないと思いました。

また、日本会議大阪では英霊感謝祭の後に、毎年この日に大阪護國神社内にある住之江会館において、戦没者追悼講演会を開催し英霊の顕彰につとめています。今年はノンフィクション作家の門田隆将先生をお招きし、「若き兵士の最後の証言」というテーマでお話をいただきました。

講演は「若年の兵士とはだれのことか」というところから始まりました。それは大東亜戦争の当時に若者の兵士であった大正生まれの方々のことでした。先生は大正生まれの方々に注目し、取材を重ねられました。その結果、大正生まれの男性は約千三百万人いるのですが、そのうち約二百万人が戦死しているということでした。この方々は、自分の命を懸けて国や大事な人を守るために戦い散っていかれた英霊の方々です。ただ、大正生まれの男たちの活躍はこれだけにとどまらないというのが先生の見解です。生き残った方々が高度経済成長を成し遂げたというのです。そして、彼らが退職したことにより経済成長が終わったというのです。彼らは経済という戦場でも自分のことよりも家族などの他の人のために、懸命に闘っていたというのです。それが今の個人主義が横行する世代との違いであり失われた二十年の原因と言われていました。

その後、戦後ジャーナリズムの悪しき面や、実際の取材により感じたこと等を臨場感をもって語っていただきました。最後にガダルカナル島での突撃の話、戦艦大和の話と続きました。今回の先生の話は普段マスコミが報道しないことが多く、初めて聞くことが多々あり、当時のことを考える際の貴重な知識を得ることができたと思います。

懇親会では先生の本の帯にある「戦艦大和は希望である」という言葉についてのお話をしてくださいました。たしかに戦艦大和を作らなければ、戦闘機を千機作れたかもしれないが、当時の技術者は未曽有の四十六センチ砲を持つ大和を造り、大和をはじめとした船団に乗船した約三千人が、自分の命を顧みず沖縄を守るために出航した。こんなことを今の人は出来るのかと。宇宙戦艦ヤマトの歌詞の「地球を日本」に、「イスカンダルを沖縄」に変えて歌ってみたらどうかと。先生は自分の考えが「大和は無駄」という固定観念に縛られていたことに気付かされたそうです。そして、彼らの姿と被ったのが三・一一の福島原発事故の際、翌日に我が身を省みず原発に突入した自衛隊員がおられたそうです。その姿から当時の日本人が持っていた気持ちを現代でも持っている人がいる。そのことを次の本で書こうとされているそうです。

門田先生の語り口調は非常に穏やかではありましたが、綿密な取材に裏打ちされた「事実」がその言葉の一つ一つを確かな説得力のあるものとしておりました。聞き入っている参加者の目に涙を浮かべる人も少なくなく、英霊顕彰の形は、靖國神社や護國神社にお参りをするだけではないのではないか、他にも多くの方法があるのではないかと考えた一日でした。

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